- Book Box - 本は宝箱。

SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『夜の果てへの旅 上』セリーヌ著〜最低が最高になる不思議。愛すべき愚痴の天才セリーヌの傑作長編小説。

 

悲劇的ピエロ気質でうっかり戦争に参加したことから、果てのない地獄を遍歴することになるバルダミュ。

 

彼の「語り」で物語は綴られる。戦争、放浪、病気、失恋。バルダミュの遍歴はまるで血の巡りの悪いオデュッセウスよろしく辛酸を嘗め尽くす。ところが不思議なことに、本書の印象はどちらかと言えば明るい。辛くなる部分もあるが、曲の印象が歌詞よりも曲調に影響されることと同様に、天才的なまでに彼の悪態が冴えていて、つい笑ってしまう。

 

彼の悪態の素晴らしいのは、表現が面白く、基準が全て自分の生理的快不快を拠りどころとしているところだ。宗教や道徳はほとんど何の関係も持たない。強いていえば、趣味の問題はあるかもしれないがその程度の体たらくだ。

 

だからこそ、読みすすむにつれて知らず知らず彼を応援したくなる。死ぬな!バルダミュ。逃げろ、逃げちまえ。そんな女は願い下げだ。お前の方からふってやれよ・・・。上巻を読み終えた時点でもうすっかり彼とは友達気分だ。一緒に酒が飲みたい。

 

悪態の対象は、表層的には戦争や労働、都市や自然であったとしても、根底にあるのは自分を含めた人間に対してだ。吐いて捨てるほど下衆ばかりのその世界で、自身も下衆魂の向上に余念がない。元カノに金をたかるくだりは天晴な畜生ぶりだ。そんなバルダミュもごく稀に天使のような人間と出逢う。果ての見えない苦難の連続が報われたかと思えた矢先、彼はすべてを捨てる決心をする。バルダミュは、想像以上の愚か者だ。上巻終わりでこんなに感動させられてはたまらない。下巻では、幸せになってほしい。続く。

 

下巻のレビューこちらです↓

konkichi.hatenablog.jp

 

 

感想『悲しい本』マイケル・ローゼン作〜人は誰しも一人です。わたしの感情はわたしのもの。あなたの感情はあなたのもの。それは悲しみについても同じ。たった一人でこの本を開いてたった一人で味わってください。こころがホッと落ちつけるかもしれません。

 

大人が楽しめるとびきり上質の絵本です。悲しみと向き合う「私」の物語。

 

悲しみがとても大きいときがある。どこもかしこも悲しい。からだじゅうが、悲しい。

 

「私」は悲しみをだれかに話したい。たとえば私のママに。

「私」は悲しみをだれにも話したくない。だって私の悲しみは私のものだから。

 

悲しみは「私」にいろんなことをさせる。

むちゃくちゃに叫んだり、スプーンでテーブル叩いてみたり、人に言えないひどいことしたり。

 

わけもなく悲しい時がある。悲しみの雲が来て「私」をすっぽり包み込む。

いろいろなことが何年か前とはちがっていて、それはもう戻らない。

前とおなじでなくなったせいで、わたしのどこかに悲しみが住みついてしまった。

 

悲しみをやりすごす方法を試してみる。

みんな同じなんだって考える。「私」だけじゃない。

毎日ひとつ得意なことをする。それを思い描く。

悲しいのは、悪いことじゃないんだ。自然なことだ。

 

それでもだめだ。悲しみは時と所を選ばない。

いつも「私」を見つけてしまう。

「私」は消え失せてしまいたい。

 

ここから下の「私」はkon吉としての私ですが、やはり時折悲しみに襲われます。私の場合はまず小説が読めなくなります。小学生のころから本が好きで、歩きながら読んでいたくらいですが、話が頭に入ってきません。 それでも本は読みたいので、苦肉の策で詩を読みます。詩も読めなくなったら短歌や俳句、それすら読めなくなったら絵本を読みます。 そうしてこの本に出会いました。不思議なことに心が悲しいと、多量の文を速度をもって読むことはできませんが、そのかわり、一文字一文字を時間をかけてゆっくりと噛みしめるように読めるようになります。 そのため悲しい時の方が、詩や絵本をより良く理解し感動することができます。感傷的というよりは理解する下地が出来あがるのだと思います。

 

本書の「私」の悲しみはエディという息子を失ったことが大きな原因です。

あまりに大きな悲しみと向かい合う時人はどうなるのでしょうか。

押しつけがましさはみじんもありません。「私」はたった一人で、悲しみと向かい合います。

そして、回復とはいかないまでも必死の力で空白の状態までもっていきます。

おそらく空白が精いっぱいの状態であろうと思うのです。

感想『ツァラトゥストラはこう言った』フリードリヒ・ ニーチェ著〜深夜高速とニイチェ。神は死に人間は生きるの巻。

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どの国、どの時代にも起爆的役割をになう思想がある。美術や伝統、革命や戦争、果ては迫害など表出手段は様々だが、本書『ツァラトゥストラはこう言った』は幸福にも散文詩のような物語形式において発表された。 そのまま通読しても、正直よく判らない。攻略本がないとクリアー出来ないRPGと同じである。ニーチェに関する本は無数に出版されているので、併行して読み進めると理解が深まり、いたく感動する。

 

あらすじとしては、30歳にして10年間山にこもったツァラトゥストラ(聖者、預言者にニュアンス近い)が、山を降り民衆に教えを広める物語。 まず彼は、当時の世界観では地球的規模の問題提起をする。「神は死んだ」である。ルサンチマン(怨恨感情)で人は歪んでしまい、強弱(価値)の転倒が起こる。真理の否定。強い意志の必要性から「超人」思想が生まれ「精神の三つの変化」が語られる。

 

他人の感じ方は私の理解の外にあるが、信仰心のあつい家系に生まれた私にとっては、「神は死んだ」やルサンチマンニヒリズムは非常に興味深く、また心底納得できるものだった。そこから脱却する手引きとしての超人思想、精神の三つの変化も読了時、私の心に衝撃を与えた。

 

とどめの一撃に「永劫回帰」思想がある。これは非常に残酷、かつロマンチシズムに溢れている。ここに、これまでの否定が一挙に裏返る大いなる肯定があるのだが、それはぜひ読んでいただきたいな、と思うのだ。一見あまりに文学的で、ありえないことを大真面目に言っているようにも聞こえるのだが、そこがニーチェニーチェたるゆえんである。

 

ある晴れた日、ニーチェは片想いの女性ルーサロメとピクニックに出掛けた。その恋は実ることはなかったのだが、彼はその日を人生で最良の日とした。この日のために私は生きてきたのだと。その喜びが永劫回帰思想によく出ている。25歳で大学教授になりながらも、最初の論文で学会から追放され、晩年発狂するニーチェにとって、ささやかでも最も喜びに溢れた一日だった。

 

生きていて良かった。生きていて良かった。そんな夜を探してる。生きていて良かった。生きていて良かった。そんな夜はどこだ。

 

上記はフラワーカンパニーズの名曲『深夜高速』からの引用です。引用部のサビを聞くと、どうしても本書の永劫回帰思想をおもい出してしまいます。この一曲だけのトリビュートアルバムも出てるほどの名曲です。読書と音楽は相思相愛、ビールとから揚げのようなものなのです。


www.youtube.com

 


ツァラトゥストラ(上) (光文社古典新訳文庫)

本書上巻は、現在Amazonプライム無料体験でも読めます。対象期間は不定期です。↓

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konkichi.hatenablog.jp

 

感想『プロジェクト・ヘイル・メアリー 上』アンディ・ウィアー著〜地球の終わりを救うため、全世界が協力してはなつ起死回生の一手プロジェクト・ヘイル・メアリー。たった一人でミッションをになうライランド・グレースは、記憶を失い自分の名前すら思い出せない。ビル・ゲイツ、オバマ元大統領推薦!Amazon年間ベストブック選出の本書はライアン・ゴズリング主演で映画化も決定している。

 

本書の著者アンディ・ウィアーは、初めて書いた小説『火星の人』が世界的なベストセラーとなり、2015年にはマット・デイモン主演で映画化(映画化名オデッセイ)もされ、こちらまた大ヒットとなっている。

 

本書『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はそんな著者の第3作目。記憶を失い、どこかもわからない場所に閉じ込められている男が、記憶を取り戻しながら科学的思考を使い、宇宙規模の災厄に立ち向かっていくストーリーとなっている。

 

2021年にアメリカで刊行されると、すぐにベストセラーとなり、ライアン・ゴズリング主演でハリウッド映画化が進行している。

 

〜あらすじ&感想

 

楕円形のベッドの上、真っ白く円筒状の部屋で、2本のロボットアームに見守れながら主人公は目覚める。

 

体には何本もの管が埋め込まれ、何枚もの電極が貼られている。体が全く動かない。何故自分がここにいるのか、そして自分が一体誰なのか、記憶が失われている・・。

 

物語は、現在の状況に戸惑いつつも、記憶を取り戻していくリアルタイムパートと、思い出した過去の描写からなる回想パートが交互に展開していく構成となっている。

 

登場人物はさほど多くなく、ストーリーも現在→過去と交互に展開していくので、非常に理解しやすく、読みやすい。サクサク読める。記憶を取り戻していく過程ではミステリー的な楽しみ方もでき、過去の描写では地球が置かれている深刻な状況が緊張感をもたらす。

 

ある現象によって、地球に届く太陽の光は極端に減少しつつある。それによって穀物は育たなくなり、異常気象は甚大な被害をもたらす。世界的な気候学者の意見では、19年後に地球の人口は半数が死滅してしまうという。

 

過去編で明らかとなった上記の深刻な問題は、記憶を失い、たった一人で宇宙を漂流する一人の男ライランド・グレースに託されている。彼は、ある研究論文が原因となり大学を追い出された科学博士で、現在は中学校の科学の先生をしている。

 

そんな彼のもとに、世界で一番権力をにぎる女性、ペドロヴァ対策委員会のエヴァ・ストラットが現れる。ビッグ・ボスである彼女の登場で、グレースはこの前代未聞のミッションに駆り出されてしまうことになるのだ。

 

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感想『うつむく青年』谷川俊太郎著〜読まず嫌いの俊太郎+〈k 。〉と嫉妬とお弁当。

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<K。>の本って驚くほど内容がないの。読む価値なんてないよ。

 

君はたしかそんなことを言っていたね。

 

<K。>っておもしろいの?ってぼくが聞くと、きみはそう言って、いつもふくれっ面になるんだ。初めてきみの部屋に行って、あの完璧な仕上がりの本棚を見た時、なんだか神聖な気持ちになったんだけど、彼の全集があるもんだから、ぼくはてっきり好きだと思って聞いてみたんだけど・・・。

 

嫌いって言っときながら全集をもってるなんて、おかしなひとだなと僕はおもったんだ。けど、よく考えたら僕だって、嫌いだったはずの谷川俊太郎の詩集を何冊も持ってる。しかも最近はちょっと・・・・・・・いや・・・そんなことは・・・どうでも・・い、いいんだ。

 

きみと<K。>の不思議な関係性がぼくにはすごく謎なんだけど、そのミステリイも第三者の存在の可能性を考えてしまうと、ぼくはなんだかとっても不安になる。・・・パラパラパラ・・・・・さて、それでは本書62ページをお開きください。はい、どうぞ。

 

(嫉妬 五つの感情・その四)

 

 

私は王となってあなたという領土の 

 

小川や町はずれのすみずみまで

 

あまねく支配したいと願うのだが 

 

実を言うとまだ地図一枚ももってはいない

 

 

通いなれた道を歩いているつもりで 

 

突然見た事もない美しい牧場に出たりすると 

 

私は凍ったように立ちすくみ 

 

むしろそこが砂漠である事を 

 

心ひそかに望んだりもするのだ

 

 

支配はおろか探検すら果たせずに 

 

私はあなたの森に踏み迷い  

 

やがては野垂れ死にするのかもしれぬが

 

そんな私のために歌われるあなたの挽歌こそ

 

他の誰の耳にもとどかぬものであってほしい

 

大阪の万博記念公園で、きみの作ってくれたお弁当を食べながら、

ぼくは〈k。〉のことを考える。

そして、谷川俊太郎おべんとうの歌って言う詩を思い出したんだ。

 

魔法瓶のお茶が   

 

ちっともさめていないことに   

 

何度でも感激するのだ

 

 

白いごはんの中から 

 

梅干しが顔を出す瞬間に  

 

いつもスリルを覚えるのだ

 

 

ゆで卵のからが   

 

きれいにくるりとむけると   

 

手柄でもたてた気になるのだ

 

 

(大切な薬みたいにつつんである塩)

 

 

キャラメルなどというものを 

 

口に含むのを許されるのは 

 

いい年をした大人にとって 

 

こんな時だけ  

 

奇跡の時  

 

おべんとうの時

 

 

空が青いということに   

 

突然馬鹿か天才のように   

 

夢中になってしまうのだ

 

 

そしてびっくりする   

 

自分がどんな小さなものに

 

幸せを感じているかを知って 

 

 

そして少し腹を立てる

 

あんまり簡単に 

 

幸せになった自分に

 

 

ーーあそこでは

 

 

そうあの廃坑になった町では 

 

おべんとうのある子は  

 

おべんとうを食べていた  

 

そして おべんとうのない子は

 

風の強い校庭で 

 

黙ってぶらんこにのっていた 

 

その短い記事と写真を

 

何故こんなにはっきり   

 

記憶しているのだろう   

 

 

どうすることもできぬ

 

くやしさが  

 

泉のように湧き上がる 

 

 

どうやってわかちあうのか  

 

不幸を

 

 

手の中の一個のおむすびは

 

地球のように

 

重い

 

その後、きみと結婚してから5年が経つ。

子育てが少し落ちついてきた今年の4月頃から、このブログをはじめた。

 

「そろそろ〈k。〉を読んでみようかな。」

 

・・・沈黙。

そして目を大きく開く。

どうやら驚いているらしい。

 

「今の時代に〈k。〉を読むの!?ただの小洒落た文字の羅列ですよ。」

 

と腹をかかえて笑われた。

 

今朝、本棚を見てみたら、全部で47冊〈k。〉の本があった。

 

増えてる。

 

 

感想『デカメロンプロジェクト〜パンデミックから生まれた29の物語』マーガレット・アトウッド他−著〜コロナVS文学。29人の小説家が未曾有のパンデミックを物語へと昇華させる。

 

二〇二〇年三月、あちこちの書店で売り切れになっていく十四世紀の本があった。ジョヴァンニ・ボッカチオの『デカメロン』、ペストが猛威を振るうフィレンツェから避難してきた男女の一団が互いに語って聞かせる入れ子状の物語集である。アメリカ合衆国にいる私たちがロックダウンに入り、隔離生活とはどのようなものなのかを知りつつあったとき、多くの読者はこの古典を道しるべにしようとしたのだ。〜中略〜それならいっそのこと、隔離中に書かれた新作小説を詰め込んだ、私たちなりの『デカメロン』を作ってみてはどうか?〜ケイトリン・ローパー•本書より抜粋

現実を根本から変えてしまうような重要な物語が進行中のときに、架空のお話に目を向ける理由はなんだろうか?フルクサスに参加していたフランス人芸術家のロベール・フィリュウは、「芸術とは、人生を芸術より面白くするものだ」と著作の中で述べ、私たちは一見しただけでは人生をつかめないと示唆している。あたかも人生とは錯視アートの一つでしかないとでもいうように。〜中略〜横から見て初めてわかるようなものなのだ。正面から見ると流木だと勘違いしてしまうか、まったく気にも留ないかもしれない。〜リヴカ・ガルチェン・本書より抜粋。

 

 世界的に著名な29人もの作家が、14世紀ペストが猛威を振るった際に、苦しむ人々の救いとなったベストセラー『デカメロン』にならって作品を持ち寄り、一冊の本を完成させた。それが本書である。

 

まさに現在進行形である今の時期に、現状を題材として29の物語を、一冊の本として世にだせたのは大変価値のあることだろう。コロナウイルスが終息するであろう将来に、当時の様子が創作も交えて描かれている、資料としても意味のある一冊となるのは確実だ。

 

と、偉そうなことを書いてみたが実際に面白いかどうかが一番重要だろう。そう思いながら本書を読みすすめた。

 

 

めっちゃ面白い。特に面白かった作品を以下に紹介する。

 

『既視感』ヴィクター・ラヴァル著

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〜あらすじ

 

舞台はニューヨーク。主人公は、6階建てのアパートメントに一人で越してきた40歳の黒人女性。部屋は広く、気に入っていたのだが、入居してから四ヶ月ほどたつと、ウイルスが襲ってきて、入居者の半分がいなくなった。混み合っていた建物に引っ越してきたはずだったが、あっという間にがらんとした家に住んでいた。そして、ピラールに出会った・・・。

   

〜感想

 

日本よりも、より深刻な被害を受けていたニューヨークの状態を知れることは、例え一部分であったとしても非常に興味深かった。主人公の住んでいる居住区がだんだんと無人地帯になっていくところや、その中でも芽生えていく人間関係に深いドラマ性を感じた。ラストにあっと驚く展開もあって楽しめました。

 

 

『臨床記録』リズ・ムーア著

 

〜あらすじ

 

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二〇二〇年三月十二日 事実:赤ん坊が発熱している。

上記の文面からはじまるこの短編小説は、小説というよりはそのタイトル通り、臨床記録のように発熱の様子、嘔吐、父母のやりとり、コロナ禍の今、病院に連れて行くかどうかの迷いなどが綴られている。

 

〜感想

 

著者自身も幼い子どもを育てている母親のためか、臨床記録のようでありながらも、その過程と夫と妻の抱く心理は非常にリアルで、これを書いている私自身、自分の記憶なんじゃなかろうかと錯覚するくらい感情移入することができた。斬新でありながら共感できる不思議な作品だ。

 

『市バス19号系統ウッドストック通り〜グリサン通り』カレン・ラッセル著

 

〜あらすじ

 

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勤続14年のバスの運転士ヴァレリーが、いつもの常連客たちをのせて橋を渡ろうとしていたとき、見たこともないほどの濃いモヤの中から一台の救急車がこちらに向かってきた。だんだんと大きく、そしてだんだんと遅くなり、救急車はバスの鼻先で完全に停止した。ブレーキによって停止したわけではない。完全に〈時〉が止まったのだ・・・・。

 

〜感想

 

運転中に幻想的な現象が起きる、そして、その場に居合わせた人物たちが協力して事にあたる、といった点でこの物語はフリオ・コルタサルの傑作『南部高速道路』を思い出させる。とても良くできた短編で、29もの物語が収録された本書のなかでも、TOP3には確実に入る作品だ。ぜひ著者の他の作品も読んでみようと思わせる作家だ。

 

『完璧な旅のおとも』パオロ・ジョルダーノ

 

〜あらすじ

 

ある夫婦のもとに、ミラノの大学に通っている息子からしばらく帰省したいと連絡が入る。主人公の父親にとって、この息子は妻の別れた夫のこどもであり、血はつながっていない。さほど仲が悪いわけでもないが、彼が帰ってくることに緊張もしている・・・。

 

〜感想

 

自分が親になったからか、こういった父と息子の関係性を描いた物語に極度に弱くなった。後味の悪そうなものなら敬遠して読むのをためらってしまう。警戒しつつ読み始めたが予想に反してクスッと笑えるところもあり、ほんのり感動するところもある全体的にチャーミングな作品だった。とてもおもしろかった。

 

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感想『氷』アンナ・カヴァン著〜地球が氷におおわれてゆく終末の世界で、男は少女を追って狂気の旅を続ける。

地球がに飲まれつつある。

 

すでにいくつもの国が滅んでいるのだ。

 

人類の行きつく先は目に見えている。

 

だがそれでも、それだからこそ人々は戦争をやめない。

 

限られた土地を、資源を、食料を奪うため、自己の命を少しでも永らえるため。

 

 

私はある男のもとを訪れる。

 

いや、そうではない。

 

〈長官〉と呼ばれるその男のもとにいる、アルビノの少女のもとを訪れたのだ。

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その豊かな銀色ノ髪、そして雪よりも少しだけ白くないほどに白いその肌。

 

少女は痛々しく、折れそうな肢体を持ち、その心は常に痛めつけられている。

 

犠牲者としての人生を宿命づけられているかのようなその少女を

 

私は守りたく、愛しく思っている。

 

 

一度は結婚まで考えたその少女は、今は私が訪れた長官の妻となっている。

 

私は少女がいなければ生きていくことはできない。

 

私は少女がいなければ生きていくことはできない。

 

長官と少女とインドリの話などをしながら打ち解けた雰囲気となる。

 

私は数日間を二人とともに過ごした。少女は常に私を避けていたが・・・。

 

私は少女がいなければ・・・・。

 

私は少女がいなければ・・・・。

 

 

 

少女が突然家を出た、と長官が知らせてきた。

 

長官は言う。清々していると。彼女の神経症には我慢がならなかったと。

 

私は思う。何としても少女を探し出さなければならない。

 

私は仕事をすべて投げ出す。そして少女の行方を追い始める。

 

氷から逃げ、少女を追う。地獄が始まった。

 

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私は金をばらまき、長官の情報を買う。なぜならば長官も少女を追っているから。

 

氷のような眼をもつ長官は、傲慢で頑強で有能で冷酷。

 

彼もまた、少女を追い求め、拉致し、侮辱し、凌辱する。

 

 

少女は言う。

 

私と長官はぐるであると。共犯なのだと。

 

少女は、命がけの地球横断を敢行しつづける私をこう言って蔑む。

 

私もまた憤り、少女を怒鳴る。少女は軽蔑した目を私に向ける。

 

 

私は少女との縁を切りたい。

しかし宿命的に切ることが叶わない。

 

 

そのような因果律のもとに生まれてしまった。

 

金も命も何もかも、少女に会いたいと思う気持ちの前ではすべてが無になる。

 

私は身一つで船に飛び乗る、敵国に乗り込む、ゲリラになる、人を撥ねる、

 

何一ついとわない。少女に会えるのなら。ひと目でも会えるのなら・・・。

 

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全てが氷に飲まれる前に。

 


氷 (ちくま文庫)