感想『コーヒーもう一杯』山川直人著〜あなたのそばで何があっても寄り添ってくれるものそれはそうコオヒイ。
コーヒーが好きだ。
好きがこうじてカフェで6年ほど勤めていたことがある。そう言うと人は、豆やら淹れ方についてあれこれと聞いてくるのだが、実はよく知らない。 私は舌が馬鹿なので、インスタントのコーヒーの方が豆から挽いたものより美味しく感じる。ミルクと砂糖もガブガブ入れる。沸騰させると湯の成分が壊れるらしいが、猫舌のくせに鍋でグラグラ沸かした硬いお湯で淹れるコーヒーばかり飲んでいる。電気ポットで適温に調整されているお湯なぞ、心に響かない。
さらに言えば、ああ、あの店のあの不味いのが無性に飲みたい・・・。なんて時もあったりする。振り返って見ればコーヒーなるものは不思議な飲み物で、私の思い出にはどの場面にも意識無意識にかかわらずコーヒーの存在があった。サヨナラばかりの人生でコーヒーはいつでもそこにあったし、これからもあるだろう。
そんなことを私に考えさせるきっかけとなったのが山川直人のコミック「コーヒーもういっぱい」だ。何とも言えない嘘のような素晴らしさで、正直何を書けば良さが伝わるのかさっぱりわからない。太い線と広い面で細かく描写された絵は畦地梅太郎の木版画のようで、吹雪の戸外から暖房の効いた部屋に帰ったかのような暖かさを感じさせる。心がポカポカし思わずホッと息を吐いてしまう。
短編であるが毎話ストーリーが素晴らしい。ノスタルジーと哀切に満ちた人間ドラマで登場人物の全てに深い味わいを感じさせる。共感性にあふれ独創性も申し分ない。印象に残ったのは3編。あらすじの説明はしてもあまり意味がない。本書の魅力の源泉は多分そこにはないからだ。
ただ、どれも素晴らしい。
記憶のそこの澄んだもの。
何度も何度も読み返した。
万物は流転するのだから、税率が上がるだの、年を取るのは当たり前だの、紛争が絶えないだの、論文を捏造しただの、3時間前の俺は一体どこに行ったのだろう?だの全ての変化や疑問も当然なのかもしれない。
でも本書は教えてくれる。悲しみだって苦いばかりではない。コーヒーのように香るってことを。大切なものは今も昔も変わらないってことを。変わらないものに目を向けよう。さあ、「コーヒー、もういっぱい。」