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感想『夜の果てへの旅 下』セリーヌ著〜エリ、エリ、レマ、サバクタニ!素晴らしきこの世界を怪物セリーヌと共にこき下ろす。

『夜の果てへの旅』は「明確な目的のある本」であって、その目的とは現代の人生の-いや、むしろ人生そのものの恐ろしさ、意味のなさに対して抗議することである。

 

上記はジョージ・オーウェルの評論『鯨の腹の中で』からの引用で、ある意味ではその通りであるが、この一文だけ読むと多少誤解を受けやすい。『夜の果てへの旅』を言葉でまとめようとすると、上記の引用文は非常に的を得ている。本書は世界への呪詛で満たされているからだ。

 

下巻ではバルダミュは苦学の末、医師免許を取得。放浪癖はなりを潜め、スラム街のようなところで場末の開業医として安住を目指している。医者としてのバルダミュは、善人になりきれない悪人のような雰囲気で、気が弱いために患者から謝礼金を取れない。無償で治療することもしょっちゅうなのに、何故か患者からは疎まれている。

 

以降果てることなく人生への、つまり仕事への、女への、男への、世間への、貧乏への、二四時間への、考えうるありとあらゆるものへの愚痴、諦念、冒涜が繰り返される。そこには向上心は欠片もない。あるのはただ現状から抜け出したい、少しでも楽に暮らしたいという切実な願いだけである。地獄のような戦争体験、熱帯での廃人、臨死体験を嘗め尽くしたバルダミュは、下巻ではおそらく少し壊れている。冒険心は影をひそめ、活力も感じられない。

 

私個人の感想としては上巻の終わり方が素晴らしくそこで終わっていた方が良かったような気もする。上巻で、果敢に世界に悪態をついていたバルダミュはすでに変わってしまった。彼は敗れたのだ。徹底的に。そういう意味で、冒頭の引用文は正しい。異なるのは呪詛が結果として読者の心情を代弁していることにある。

 

誤解を恐れず言えば、バルダミュはゴルゴダの丘で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか)。」と叫んだあの男のようにも思える。果てしない夜の旅は、世界に対する呪詛の旅は、バルダミュがすでに終えた。私達の苦しみはいつでも彼にわかられているし、その悲しみはいつでも彼と二等分なのだ。

 

 

上巻のレビューはこちらです↓

konkichi.hatenablog.jp