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SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『デカメロンプロジェクト〜パンデミックから生まれた29の物語』マーガレット・アトウッド他−著〜コロナVS文学。29人の小説家が未曾有のパンデミックを物語へと昇華させる。

 

二〇二〇年三月、あちこちの書店で売り切れになっていく十四世紀の本があった。ジョヴァンニ・ボッカチオの『デカメロン』、ペストが猛威を振るうフィレンツェから避難してきた男女の一団が互いに語って聞かせる入れ子状の物語集である。アメリカ合衆国にいる私たちがロックダウンに入り、隔離生活とはどのようなものなのかを知りつつあったとき、多くの読者はこの古典を道しるべにしようとしたのだ。〜中略〜それならいっそのこと、隔離中に書かれた新作小説を詰め込んだ、私たちなりの『デカメロン』を作ってみてはどうか?〜ケイトリン・ローパー•本書より抜粋

現実を根本から変えてしまうような重要な物語が進行中のときに、架空のお話に目を向ける理由はなんだろうか?フルクサスに参加していたフランス人芸術家のロベール・フィリュウは、「芸術とは、人生を芸術より面白くするものだ」と著作の中で述べ、私たちは一見しただけでは人生をつかめないと示唆している。あたかも人生とは錯視アートの一つでしかないとでもいうように。〜中略〜横から見て初めてわかるようなものなのだ。正面から見ると流木だと勘違いしてしまうか、まったく気にも留ないかもしれない。〜リヴカ・ガルチェン・本書より抜粋。

 

 世界的に著名な29人もの作家が、14世紀ペストが猛威を振るった際に、苦しむ人々の救いとなったベストセラー『デカメロン』にならって作品を持ち寄り、一冊の本を完成させた。それが本書である。

 

まさに現在進行形である今の時期に、現状を題材として29の物語を、一冊の本として世にだせたのは大変価値のあることだろう。コロナウイルスが終息するであろう将来に、当時の様子が創作も交えて描かれている、資料としても意味のある一冊となるのは確実だ。

 

と、偉そうなことを書いてみたが実際に面白いかどうかが一番重要だろう。そう思いながら本書を読みすすめた。

 

 

めっちゃ面白い。特に面白かった作品を以下に紹介する。

 

『既視感』ヴィクター・ラヴァル著

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〜あらすじ

 

舞台はニューヨーク。主人公は、6階建てのアパートメントに一人で越してきた40歳の黒人女性。部屋は広く、気に入っていたのだが、入居してから四ヶ月ほどたつと、ウイルスが襲ってきて、入居者の半分がいなくなった。混み合っていた建物に引っ越してきたはずだったが、あっという間にがらんとした家に住んでいた。そして、ピラールに出会った・・・。

   

〜感想

 

日本よりも、より深刻な被害を受けていたニューヨークの状態を知れることは、例え一部分であったとしても非常に興味深かった。主人公の住んでいる居住区がだんだんと無人地帯になっていくところや、その中でも芽生えていく人間関係に深いドラマ性を感じた。ラストにあっと驚く展開もあって楽しめました。

 

 

『臨床記録』リズ・ムーア著

 

〜あらすじ

 

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二〇二〇年三月十二日 事実:赤ん坊が発熱している。

上記の文面からはじまるこの短編小説は、小説というよりはそのタイトル通り、臨床記録のように発熱の様子、嘔吐、父母のやりとり、コロナ禍の今、病院に連れて行くかどうかの迷いなどが綴られている。

 

〜感想

 

著者自身も幼い子どもを育てている母親のためか、臨床記録のようでありながらも、その過程と夫と妻の抱く心理は非常にリアルで、これを書いている私自身、自分の記憶なんじゃなかろうかと錯覚するくらい感情移入することができた。斬新でありながら共感できる不思議な作品だ。

 

『市バス19号系統ウッドストック通り〜グリサン通り』カレン・ラッセル著

 

〜あらすじ

 

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勤続14年のバスの運転士ヴァレリーが、いつもの常連客たちをのせて橋を渡ろうとしていたとき、見たこともないほどの濃いモヤの中から一台の救急車がこちらに向かってきた。だんだんと大きく、そしてだんだんと遅くなり、救急車はバスの鼻先で完全に停止した。ブレーキによって停止したわけではない。完全に〈時〉が止まったのだ・・・・。

 

〜感想

 

運転中に幻想的な現象が起きる、そして、その場に居合わせた人物たちが協力して事にあたる、といった点でこの物語はフリオ・コルタサルの傑作『南部高速道路』を思い出させる。とても良くできた短編で、29もの物語が収録された本書のなかでも、TOP3には確実に入る作品だ。ぜひ著者の他の作品も読んでみようと思わせる作家だ。

 

『完璧な旅のおとも』パオロ・ジョルダーノ

 

〜あらすじ

 

ある夫婦のもとに、ミラノの大学に通っている息子からしばらく帰省したいと連絡が入る。主人公の父親にとって、この息子は妻の別れた夫のこどもであり、血はつながっていない。さほど仲が悪いわけでもないが、彼が帰ってくることに緊張もしている・・・。

 

〜感想

 

自分が親になったからか、こういった父と息子の関係性を描いた物語に極度に弱くなった。後味の悪そうなものなら敬遠して読むのをためらってしまう。警戒しつつ読み始めたが予想に反してクスッと笑えるところもあり、ほんのり感動するところもある全体的にチャーミングな作品だった。とてもおもしろかった。

 

 

まとめ

 

今回4作しか紹介しなかたのだが、他にもこれは!と思う良作がいくつもあった。具体的には『おにっこグリゼルダ』マーガレット・アトウッド、『木蓮の木の下には』イーユン・リー、『外』エトガル・ケレット、『親切な強盗』ミア・コウト、『眠り』ウゾディンマ・イウェアラ、『セラー』ディナ・ネイエリなどである。

 

さらに、では他の作品がつまらなかったかというとそうではなくて、実に嘘みたいな話だが、ほとんどの作品が大変バリエーションに富み、良い意味で展開が読めないものが多く非常に楽しめた。

 

世界規模のパンデミックの、まさに只中で書かれた貴重な本だという意識で読み始めたのだが、いざ読んでみたらそんな高尚な事情を頭から吹き飛ばすほどの面白さで、あっという間に読み切ってしまった。この面白さならばボッカチオの『デカメロン』にも負けはしない。100年、200年後も問題なく読まれ続けるのは確実だ。