- Book Box - 本は宝箱。

SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『息吹』テッド・チャン著 ~著者は寡作の王にして当代最高のSF短編作家といえる。デビューから現在までの29年間に出した本は、わずか2冊。全部で18編の中短編しか発表していない。にも関わらずヒューゴー賞、ネビュラ賞、シオドア・スタージョン賞、星雲賞など世界の名だたるSF賞を合計20冠以上も獲得している。これはただ事ではない

17年前に刊行された第一作品集、『あなたの人生の物語』を読んだときも、衝撃を受けたのを覚えている。当時の印象は、とにかく知的だということだ。ひどく洗練されている。SFというジャンルは、出版された時点での社会のテクノロジーの進み具合によって、小説のなかで描かれる世界観や未来像がどこかぎこちなくなってしまうことがどうしても目立ってしまう分野だ。

 

しかし、『あなたの人生の物語』の中の、どのストーリーを読んでみても、そのような違和感は一切感じなかったのを覚えている。もちろんアイディア、心理描写、ストーリーテリングなどにおいても全く文句のつけようのない素晴らしいもので、わたしは一気に彼の大ファンになってしまった。

 

よもやよもや、まさかそれから17年も新作の出版を待たされるとは思ってもいなかった。

 

そうは言っても私だって本書『息吹』が出版されてから3年も放っておいたのだけれど、私は私で育児というエイリアンとの戦いで手一杯だったのだと言い訳をさせてもらおう。余談はこれくらいにして、本書『息吹』の素晴らしく面白かった3編を忘れないように文字に起こしておこう。

 

 

『商人と錬金術師の門』

 

あらすじ

 

エジプトが舞台のタイムトラベルもの、と言えば想像しやすいだろうか。

主人公はフワード・イブン・アッバスという商人で、ムスリムの教主に拝謁し、自分の身に起こった不可思議な体験を語りはじめる。

従来のタイムトラベルものでは、現在の自分が過去にいってなにかしらの行動を起こし、自分の未来をよい方向に変えようとする話が多いように思う。

 

しかし今回、過去は変えることができない。アラーにより人の行いは、その運命は決められているというお約束があるのです。男が過去に戻り、どんな行動をとったとしても、過去は変えることができない。自分の人生に起こることは必ず起こるのです。それを知った上で、男は過去へと戻るのですが、そこで男は何をするのか。そしてその果てに、大いなる気づきがやってきます。

 

 

感想

 

昔教科書で、芥川龍之介の『杜子春』を読んで、良く出来た話だなあ、と感動したことがありました。物語としては特に似かよっているわけではありませんが、教科書に乗せれるほど学ぶところの多い、良く出来た話だという点で似た印象を受けました。

 

緻密に計算された構成をしていることもあり、ああ~、そうだったのね!と驚かされるような展開もあり、なかなか臨場感をもって読ませる物語だと思いました。名作です。

 

本編はヒューゴー賞ネビュラ賞星雲賞を受賞しています。

 

 

 

『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』

 

あらすじ

 

テッド・チャン史上最長の三万語に及ぶ中編である。人間のペットのような、子供のような存在として開発されたAIであるディジエントと、主人公たち人間の交流の物語といえるだろう。 

 

感想

 

タイトルを見て、なんかつまらなそうだな、と思った過去の自分よ。馬鹿!馬鹿!馬鹿!と言いたくなってしまうくらいに面白かった。

 

主人公は冒頭で職探しをしている元動物園の飼育係の女性なのだが、彼女がディジエントの開発段階から携わるうちにディジエントに深い愛情を抱くようになる。そして彼女と同じようにディジエントの存在を守ろうとする同じ志の人たちと、彼らの権利擁護のために活動をしていくのだが、読んでいると判るのだけれど、これは完全に<子育ての物語>でもある。

 

そしてそこには人でないものを子供に持ってしまった人たちの独特の葛藤や心配なども当然でてくるし、彼ら自身の人生の問題も当然絡んでくる。それがテッド・チャンの緻密かつ繊細な筆によって描かれるのだ。面白くないわけがあるまい。

 

本編はヒューゴー賞ローカス賞星雲賞を受賞しています。

 

 

『不安は自由のめまい』

あらすじ

本編の物語世界では、人はプリズムと呼ばれる通信機器を用いてパラレルワールド(並行世界)の人々と、映像や音声、文字を通して交流できるようになっている。主人公のナットはそのプリズムを扱う専門店で働く女性。過去に麻薬に溺れた経験がある。店の上司であるモロウは、ナットと協力してある詐欺を働こうと計画していたのだが・・・・。

 

感想

個人的には、本編が一番好みの作品だった。ノワール小説とまではいかないが、暗い過去をもつ主人公が、それとは別の悪質な関係性から抜け出せずに、詐欺を計画するという流れがとても面白かった。そこにプリズムという奇妙な道具だてが加わることにおより、並行世界との交流という、今までにないストーリー展開が広がっていく。本質は再生がテーマの人間ドラマなのだけれど、とても新しく、真に迫る物語を見せられたような気がした。

 

テッド・チャンのデビュー作はこちら↓ 

 

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