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SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『三十歳』インゲボルグ・バッハマン著〜私たちは全てを欺いている。そしてそれを社会から、人生から侮辱され続ける。

インゲボルク・バッハマン(1926~1973)。オーストリアの詩人、小説家。

1949年、23歳の時マルティン・ハイデッガーに関する論文で哲学の博士号を取得する。

学生時代パウル・ツェランと恋仲にあったことでも有名。二人の往復書簡は2008年に公表され、『バッハマン/ツェラン往復書簡 心の詩』として青土社から出版されている。

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私が最初にバッハマンを知ったのも、パウル・ツェランを通してだった。

ツェランの詩は極度に硬質で圧倒的な存在感を持っていた。当時の私にはバッハマンの名は覚えていることすら叶わなかった。

昨年になり状況は一変。彼女の短篇小説『同時に』を読む。知的すぎてよく判んないなと思いつつもとても印象に残る。

翌年(2016年)、本書『三十歳』が松永美穂の新訳で岩波文庫より刊行。半信半疑のまま読み進め、半分ほど読んだところでどうやら自分がひどくうっとりとしていることに気づく。いいじゃんとすごくいいをかなりの頻度で思っている。

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本書『三十歳』は7つの短篇小説が収録されている。

小説といっても、どの話も筋はあるようで、ない。もしくはないようで、ある。集中して読んでいてもすぐに理解が難しくなる。内容は大方暗い。

だが、紡がれている言葉のつらなりにとても美しさを感じる。こころの中で文章を読むたびに、やわらかい響き、もしくは音の流れを感じる。密度が高く、するどい言葉が集まっている。

詩的で知的で難解なもの言いをするので、こんなふうに世界と向き合っていたら正気でいることは難しいだろうと心の中では思う。でも実はそれこそが人のこころの偽らざる真実のような気もし、代弁されているような、もしくは欺いていることを侮辱されているような気がしてくる。だけどそもそも、人はその自分自身の人生から侮辱され続けるものなのかもしれない。一見わけのわからないバッハマンの小説がこころに迫るのはそれが真実に近いからだ。

バッハマンは一九七三年九月、ローマの自宅で全身にやけどを負い、それがもとで十月に亡くなった。早朝、ガスコンロでタバコに火をつけようとしたところ衣服に燃え移ったとされているが、頭がもうろうとしていて火に近づきすぎたのか、たまたま引火しやすい素材の服を着ていたのか、はたまた自殺願望があったのか、死の真相は定かではない。彼女の詩のなかに「やけどした手で火の性質について書く」というフレーズがあったことが人々の憶測を呼んだ。いずれにしても彼女は亡くなり、故郷クラーゲンフルトの墓地に埋葬されている。