書評『インスマスの影・クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクリフト著~ こころのなかに魚顔の悪魔を飼う。
以前から、興味はあったのだ。
悪魔だの地球外生命だの、そんなものはうさんくさい。どうせよくあるような話だろうなと思いつつ、現代の神話とまで呼ばれるこのクトゥルーの一連の物語を読まずに済ませてきた。
べつに、こんなものに手を出さなくても、世の中には面白い小説がごまんとあるからだ。わたしは別に読むのが早くもないし、もうそこまで若くもない。これから読める本の数は限られている。本当に面白そうなものでしか読む暇はないのだ、そう思っていたから・・・
後悔した。もっと早くに読んでおくべきだった。これだから私は・・・。
新潮文庫より新訳版がでたのをきっかけに、何気なく読んでみたら、この物語群のもつ不穏な空気感に魅了され、どんどんとその世界に引きずり込まれてしまった。
まるで、ゴツゴツした死人色の手のひらに、足首をにぎられて、無理矢理そこなしの沼に沈められてしまうような、それでいてその泥の生ぬるさが案外心地よいような、不思議な気持ちを抱きしめながらこの小説を読み進めていった。
『異次元の色彩』のように人外の存在を匂わせながらも、巧妙に情報の出し入れををすることで、うまくスリリングな読み味を提供している作品もあれば、『ダンウィッチの怪』のように露骨にその存在について書かれているものもある。
これだけ怪しげな題材をテーマにしておきながら、文芸的な高尚さと、大衆に受け入れられそうな娯楽性を同時に可能にしているのは、一重に著者ラヴクラフトの作家としての技量の高さの故だと思われる。
不遇のまま生涯を終えた彼だが、友人の尽力により死後にその独自の作風が高く評価されたのだと言う。世にでたことを神なのか悪魔なのかだれに感謝すれば良いかわからないと思っていたけど、これはその友人オーガスト・ダーレルさん(誰?)に感謝すべきみたいですね。
その怪しげなイメージから、気になってはいるけれど手を出さないでいる方、読もうか迷っている方がいたら是非読むことをオススメしたい。わたしは遅ればせながら読むことができた。新訳版がでたことをきっかけに、読むようになることが多いように思う。
そして本書の『異次元の色彩』は、新訳版にくわえ昨年の7月31日にニコラス・ケイジ主演による映画化もされたとのこと。ちょうど読みはじめるには最適の時期ではないだろうか?これからの季節、日本古来の幽霊ではなく、西洋の悪魔に背筋を涼しくしてもらうのも一興かもしれない。
映画化されたものはこちらです↓