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書評『死の家の記録』ドストエフスキー著 ああドスト、あなたはどうしてドストなの?

たった一人。

もし無人島に漂着するのであればわたしの懐にたまたま入っていて欲しいと思うのは今のところぶっちぎりで本書なのです。理由はあとで述べるとして、まず著者について述べたいと思います。

著者のドストエフスキーは作品を読んでいたらいやでも感じますがそうとう面倒な人です。いや、面倒と言うか、正直ほぼ犯罪者です。

政治犯として銃殺刑を言いわたされるも、すんでのところで逃れたぐらいはまだご愛嬌で、いい仲になった家庭教師とグルになって生徒を強姦するわ、ギャンブルにのめりこみ過ぎて四方から金を借りその金でまたギャンブルするわ、プライドが高過ぎて文壇からつまはじきにされるわはっきり言って災害のような人間です。

そんな彼ですから当然のように獄中にいたこともあるわけです。本書は彼の4年間の獄中体験をもとにかかれた小説です。

獄中内の様子と因人の描写が話の大部分で、牢獄でのヒエラルキーのようなものとか、酒の流通、喧嘩やムチによる処罰、入浴やクリスマスなどのイベントが主人公の手記といった形で書かれています。

主人公は妻殺しの罪で10年の獄中生活を言いわたされます。そして著者と同じく下級貴族の出なので獄中内でいじめられます。周囲の憎悪に満ちた視線を避けつつも、慎重に彼らがどのような人間かを観察します。

それはもう犯罪者のデパートのようなものなので、ありとあらゆるレパートリーの悪人がそろっています。当時犯した殺人を楽しそうに語る者もいれば、毎日神に祈る聖人のような悪人もいるし、別の星から来たような獄中の生活に満足しているような奇人のような悪人もいます。まるで主人公(もしくはドスト)が非常に常識人かのように感じてしまうほど突飛なほどの悪人ばかりです。

最初はいじめられていた主人公もだんだんと因人の中にも心根の良いものがいることに気付き始めるのですが、それを考慮に入れてもやはり本書で描かれる獄中は地獄です。本当にモラルの欠如した野獣のような何百匹もの人間たちと狭いところに何年も共同生活をするのです。気が狂ってもおかしくはないでしょう。

ドストは本書『死の家の記録』から大作家への道を駆けのぼったと書かれています。本書を読んでそれもそうだろう、と思います。なぜなら後の傑作『罪と罰』や『白痴』『カラマーゾフの兄弟』に出てくる個性の強すぎる半狂人のようなキャラクターたちは、この獄中内の真正の狂人たちをもとに造詣されているからです。

一見なんだか楽しそうに、大きな声で悪態をつきあったりしていても、彼らの心の中は普通ではないのです。調律されていない、チューニングの狂った、そもそも部品の足りていないものたちがヤケクソに音を出しているだけです。私はそんな中で生活することはとても出来ません。本書を読むとおそらく無人島の静けさがありがたく、孤独もこのうえない貴重なものと感じられると思ったのです。