- Book Box - 本は宝箱。

SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『啄木歌集』久保田正文編〜〈歴史に残る無邪気・邪気〉一度でも 我に頭を 下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと。

 

石川啄木の歌は他の誰とも似ていない。

 

誰でも共感できる体験を歌っているのに、誰にも真似することができないというのは実はとてつもなく凄いことだ。だけども啄木は別に偉い男ではない。むしろ駄目な男だ。だがそれを歌の世界では隠そうとしていない。そこが彼のいいところだ。

 

途中にて ふと気が変わり つとめ先を 休みて 今日(けふ)も 河岸(かし)をさまよへり。

 

わが抱く 思想はすべて 金なきに 因するごとし 秋の風吹く

 

彼の眼はとても澄んでいて、なんというか世に言う当たり前のことを当たり前と思ったりしないところがある。そこが多分、啄木の歌がもつ輝きの秘密だと思ったりもする。

 

ひと夜さに 嵐来たりて 築きたる この砂山は 何の墓ぞも。

 

砂山の 裾に よこたはる 流木に あたり見まはし 物言ひてみる。

 

水晶の 玉をよろこび もてあそぶ わがこの心 何の心ぞ。

 

或る時の われのこころを 焼きたての 麺麭(パン)に似たりと 思ひけるかな。

 

暮らしは貧しいが、その貧しさを歌の豊かさに変えている。

 

新しき インクのにおひ 栓抜けば 飢えたる腹に 沁むがかなしも。

 

うっとりと 本の挿絵に 眺め入り 煙草の煙 吹きかけてみる。

 

途中朝寝して 新聞読む間 なかりしを 負債のごとく 今日も感じる。

 

誤解を恐れず言えば、啄木の歌には馬鹿と紙一重の素直さがある反面、素直であるがゆえの邪気を孕んでいる。この邪気こそが啄木が永遠のトレンドたる由縁である。たぶん。

 

飄然(へうぜん)と 家を出でては 飄然と 帰りし癖よ 友は笑へど。

 

腕組みて このごろ思ふ 大いなる 敵目の前に 踊り出でよと。

 

人といふ 人のこころに 一人ずつ 因人がいて うめくかなしさ。

 

一度でも 我に頭を 下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと。

 

啄木にちなんで、私もぢっと手を見てみた。なんだか蜘蛛みたいに見えて、面白い。