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SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『スローターハウス5』カート・ヴォネガッドJr.〜第二次世界大戦ドレスデン爆撃の被害者でもある著者の半自伝的名SF。~「もしあの時に戻れたら」と人々はよく言うが、仮に戻れたとしても、戻るのが自分なら多分何も変わらない。


スローターハウス5

「われわれにしたって同じことさ、ピルグリムくん。この瞬間という琥珀に閉じ込められている。<なぜ>というものはないのだ。」

 

<時の試練>を乗り越えた本だ。

 

不朽の名作でもあるし、主人公の人生においてもそうだ。普通の人の千倍も時に翻弄されている。読み始めてしばらくは、しょっちゅう文面に出てくる「そういうことだ」という決め文句が、村上春樹の「僕」みたいで嫌だなあと思っていたが、これは別にスカシテルわけではない。自分の誕生と死を飽きるほど繰り返してきた男の偉大な諦念からくるものだ。

 

ビリー・ピルグリムは自分の意志とは無関係に自分の過去・現在・未来を行き来する痙攣的時間旅行者だ。いつからそうなのか、なぜそうなったのかは不明。いつも行き当たりばったりなので、彼はただシドロモドロになるか黙っているかのどちらかだ。

 

ついでに言えば、彼は著者(カート・ヴォネガットJr)の半自伝的人物で第二次世界大戦下でのドレスデン爆撃の被害者。彼は長くドイツ軍の捕虜となっており当然彼のなじみのトラベル先は捕虜としての自分であることが多い。ビリー・ピルグリムの人となりと人生を紹介しよう。

 

・ぶかっこう

・背が高く、ひよわで、コカ・コーラの瓶のような体格

・ハイスクールを上位1/3に入る成績で卒業

第二次世界大戦に召集される

・歩兵としてヨーロッパ戦線におもむき、ドイツ軍の捕虜となる

・陸軍を名誉除隊となると、検眼医学校に入学

・経営者の娘と婚約し、軽い神経衰弱を患う

・復員軍人病院に入院し、ショック療法を受け退院

・フィアンセと結婚、二人の子供を授かる

・乗っていた旅客機が墜落し、ビリー以外全員死亡。

・ラジオ番組に出演し、時間内浮遊現象、宇宙人に誘拐されたことなどを話す

・講演で自らの死を予言したその日殺される

 

ざっとこんな感じの人生の断片を彼はひっきりなしに行ったり来たりする。おそらくまともな神経ではつとまらない。極端な話、トイレで用を足していて、ちょっと居眠りしたら戦場で爆撃を受けていたりする。それほど何の脈絡もないのである。出来事や行為の記載があるだけで、ビリー自身がその感情を口にすることはない。ただポロポロと涙を流したりする。飽きるほどくりかえされたことによる感情の喪失と唐突に出る涙が心の底に押し殺したビリーの悲しみを読者に伝え、読んでいて胸がつまる。

 

また、彼の特筆すべき経歴の一つに<トラルファマードル星人>に誘拐され動物園で見世物にされる経験があげられる。トラルファマードル星人のものの捉え方は、ビリー・ピルグリムの思考法に大きく影響を及ぼした。彼らとの接触を契機にして、彼は彼自身の奇妙奇天烈なその特異性にある種の了解を得るにいたる。戦争体験の闇の部分も多いのだが、対比的にユーモアあふれる文面や光さすような幸福がより印象的に記憶に残る名著。