感想『久生十蘭ジュラネスク珠玉傑作集』久生十蘭著〜幻想的で、硬質で、軽妙洒脱で、残酷。著者最大の問題作『美国横断鉄路』、構成の巧みさが光る『南部の鼻曲がり』、幻想の一つの極地『生霊』収録。
幻想的で、硬質で、軽妙洒脱で、残酷。
その作風は多岐にわたり、そのどれもが超高圧にして練磨されつくしている。自然描写は美しく、情感に溢れ、語りやセリフは弾むようなリズムがある。著者の持つ特異な経歴が遺憾なくその作品に反映され、他のどの作家とも異なる久生十蘭だけの華がある。
一癖も二癖もある海千山千の人間が、ポンコツばかりの祟り神が支配するネジの足りない町や世界で、自分の気分や哲学にしたがって手足バタバタわーわー騒ぎ、泣けや笑えやの孤軍奮闘。その結果が栄達であれ、無残な死であれ、太く、短く、パッと咲き散るのが十蘭の描く物語世界の特徴だ。
本書収録作品、幻想の一つの極地『生霊』・ニヒルと友情の名短編『南部の鼻曲り』・悲壮にして壮絶な残酷『美国横断鉄路』はそんな十蘭の世界観が遺憾なく反映された傑作三篇で、個人的にもんどり打ちたくなるほど好きな作品(『美国横断鉄路』に関しては好きと言ったら人格を疑われる。好きというよりも一生忘れられないと言った方がより正しい)。危険にして不穏なる魅力に溢れている。
まるでセザンヌの描く林檎のような存在感と、重量感を有するこの三篇は、読んだ後阿呆のように口をあけ、しばし放心状態となることは避けられない。
作風が暗いのかと言うとそうでもない。むしろ恬淡として明るい。岸田國士に学び、演出家として活躍もした久生十蘭のストーリーテリングの巧みさにもよるが、おそらくは彼の生み出す人間たちが、それぞれがその小説世界から期待されているところの自己の役回りをその命をもって体現しているところにあるだろう。聖人だろうが、殺人者だろうが、悩みはすれど後悔はしない。潔が良いのだ。
思えば現実の世界に生きる私たちも、すこし強く当たればすぐ壊れるような脆い肉体を引きずって、形而上にも形而下にも、圧倒的に不透明なこの世界で、自分の少しでも信じれるものにすがりついて、瞬間瞬間に、目の前の問題に体当たりかましながら生きているのだ。久生十蘭の渾身の体当たりである彼の作品たちに、どうしようもなく惹かれるのは思えば当たり前のことなのだろう。