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SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『パリ・ロンドン放浪記』ジョージ・オーウェル著〜全体主義的な管理社会を描いた傑作『1984年』で知られるジョージ・オーウェルのデビュー作。みずから浮浪者となり最底辺生活者の日々を生きいきと描き切った意欲作。

原題は『Down and Out in Paris and London』。文字通り直訳すると『パリ・ロンドン貧乏記』だとか『パリ・ロンドンどん底生活』などのほうが正しいようで、オーウェル自身の体験した底辺生活を悲喜こもごもに書き記したルポルタージュ(現地報告)のような内容。

 

20世紀初頭のパリは失業者や浮浪者で溢れ、著者が体験する皿洗いや浮浪者体験は奴隷のような勤務体系に不潔極まりない安宿体験の連続である。つまりは<貧乏>と<人間>と<友情>の物語で、彼らは頻繁に失業する、食い詰める。

 

著者オーウェルはそれらを客観的に受け止め、冷静に分析し、正統に悲嘆にくれる。彼は貧に落ちても誠実な人柄で、罵倒と喧騒のパリで友人たちと小銭単位の金策に右往左往する。質屋では不当に値をたたかれ、給料は搾取され、金もないのに欲に目がくらみ詐欺にあう。

 

常時すきっ腹をかかえ、何日も食事をとっていない彼らは、ただ「食べる」という目的を果たそうとする野生の獣とさほど変わらない。エサがなければイライラもするが、四肢にみなぎる力は生きることのよろこびで溢れている。つまりこの物語は底抜けに明るいのだ。獣と違い直接食う食われるの関係性はないものの、「金」というある種毒物に侵されたパリという草むらで、アリだろうがキリギリスだろうがみなそれぞれのすきっ腹と二人三脚のドタバタ劇を繰り広げている。

 

それにしてもオーウェルは人をよく見ている。とりまく世間は貧しいがそれだけそこにいる人間たちは本性がむき出しになっている。人間、人間、人間・・・人間。

 

<傑作>だ。

 

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パリ、コックドール街、午前七時。

 

街路からのあえぐような罵倒の連続。わたしのホテルの向かいで小さなホテルをやっているマダム・モンスが、舗道へ出てきて四階の泊り客にどなっている。裸足の足に木靴をひっかけた、ざんばら髪姿だ。

 

マダム・モンス

「淫売!あばずれ!南京虫を壁紙の上でつぶすなって、何度言ったらわかるんだよ。このホテルを買っちゃったとでも思ってんのかい。どうして他の人みたいに、窓から外へ捨てないんだよ?スベタ、淫売!」

 

四階の女

「クソババア!」

 

これで四方八方の窓がパッとあくと、街路の半分が喧嘩の仲間入りをして、ありとあらゆる罵声の大合唱となる。だが、十分後には急にシンとなった。騎兵隊の行列が通って、これを見物するために全員が黙ったのだ。こんな情景を描くのは、多少ともコックドール街の気風をわかってもらうためだ。ここには、喧嘩しかないというわけではないーだが、少なくとも一回、こういう怒鳴りあいなしで午前中が終わることはまずないのだ。