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感想『粋に暮らす言葉』杉浦日向子著〜かわいくもかわいそうな私たちよ。くだらないからおもしろおかしい生をありがとう。

杉浦日向子(すぎうら・ひなこ)

 

1958年11月30日、東京生まれ。1980年「ガロ」で漫画家としてデビュ―。江戸の風俗を生き生きと描くことに定評がある。1993年、漫画家引退を宣言。「隠居生活」をスタート。江戸風俗研究家として多くの作品を残す。2005年7月22日、下喉頭癌のため46歳で逝去。

 

杉浦日向子、生前の言葉集。彼女のリズム、江戸っ子の息遣いに溢れている。 

 

面白うてやがて悲しき鵜飼かな

 

芭蕉のこの句を思い出すたび、私の中に江戸が浮かび上がる。華やかで、悲しい。馬鹿馬鹿しいけど愛おしいのだ。

 

ざっくり言うと江戸は、武家の町(山の手)と庶民の町(下町)に分けられ、本書は主に、庶民(下町)の文化を対象としている。

 

当時の江戸は人口的に見て、世界最大級の都市であり、成人男性の識字率(文字が読めること)も70%を超えている(同時期のロンドンは20%台)。狭い一間に二世代が同居するのも当たり前で、人口密度は現代よりもはるかに高い。

 

江戸は女性が少なく、武家をのぞく江戸っ子の8割は生涯未婚で過ごした。15歳以上の成人男性の平均寿命は、確か60歳台だったかと思う。幼児も含めてしまうと30歳台まで数値はさがる。 週に数日、日雇いで働けば食べていけたらしく、「宵越しの銭は持たない」とは案外リアルな生活感から生まれた言葉らしい。

 

江戸気質は上記のような諸条件から生まれたものである。

著者は以下のように言う。

 

江戸の遊びはいつだって、喜怒哀楽の場数を踏んだ、大人たちが主役である。

 

なるほど。人生60年。独り身ばっかりのその日暮らしの社会では、太く短く風流に生きようとするのは、むしろ自然な成り行きのように思える。晩年が60代であれば、体力も気力もまだ余力はあるだろう。

 

 

頭が禿げる。白髪になる。江戸っ子はこれを風格がついたと喜ぶ。若さにしがみついたりはしない。若者は「若造」「青二才」などと馬鹿にされ、むしろ渋みをつけようと老けて見せたりもする。著者はまた、こんな風にも言う。

 

江戸っ子の基本は三無い。持たない、出世しない、悩まない。

 

江戸では諦観(ていかん)の文化が発達していて、あきらめることで楽しみが広がるとしている。あきらめない内はまだ子供だとみなす。これはむしろ、積極的にマイナスを肯定する意味合いが強い。価値転倒に近い感じかなあ。

 

 

落語家・立川談志の言葉を思い出す。

 

「人間は寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ、寝る。酒を飲んじゃいけないと、わかっていてつい飲んじゃう。夏休みの宿題は計画的にやった方があとで楽だとわかっていても、そうは行かない。八月末になって家族中が慌てだす。それを認めてやるのが落語だ。寄席にいる周りの大人をよく見てみろ。昼間からこんなところで油を売ってるなんてロクなもんじゃねェヨ。でもな努力して皆偉くなるんなら誰も苦労はしない。努力したけど偉くならないから寄席に来てるんだ。『落語とは人間の業の肯定である。』よく覚えときな。」〜『赤めだか』立川談春著より抜粋

 

江戸も同じだ。現代よりも、はるかに個人の可能性の幅が狭かった時代、風流を解する美意識と、あきらめを受け入れる枯れの美学を持つ江っ子の生き方は現代に求められる生き方だと思うのだ。 それはまるで嘘みたいな青空とカンカンに照りつける太陽と、心地よい春風のあの江戸である。今日もまた江戸っ子の馬鹿みたいな怒鳴り声がこだまする。

 

 

悩んでるって?

哲学?宗教?いや、江戸だよ!!

杉浦日向子に言われた気がする。そんな本でした。