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SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著〜こうして、夢のようなパリでの彼らの放浪がはじまったのであった(本書より抜粋)。ラテンアメリカ文学史上最大の問題作。形而上的かつ思弁的な断章のタペストリーであり最高に意味不明で最高にお気に入りになる一冊。

 

本書には二通りの読み方があります。

 

一章から五十六章までで完結する順番どおりの読み方。

 

そしてもう一つは著者の指定した順に読み進めていくもの。

 

73章から読みはじめ、1章→2章→116→3→84→・・・・の順番に読んでいきます。

 

2段組み557ページからなる本書は章数だけで言うと155章もある大ボリュームの鈍器本です。武器として使えます。

 

全体は3部構成となっており、<向こう側から><こちら側から><その他もろもろの側から>と題が打たれています。

 

私は結局のところ第一と第二の読み方を一度ずつ、そして最後にだらだらと<向こう側から>を一度通読しました。計3度読み通したことになります。

 

結果的に私のささやかな読書人生のなかで最も手ごわいものの一つであったことは間違いありません。

 

文量の多さは言うまでもありません。ただ、何が本書をこんなにも読みづらいものにしているのかと言うと、語られる内容があまりにも難解だからだと言えるでしょう。

 

ストーリー自体は特に理解に苦しむことはありません。ブエノスアイレス出身で作家志望のオリベイラがパリでラ・マーガという歌手志望の女性と恋に落ちてやがて別離する物語です。

 

ただ、彼らと友人づきあいをしている画家のエチエンヌ、音楽家ロナルド、陶芸家バブズ、気取り屋ギュイ、詩人ぺリコ、拷問に詳しい中国人ウォン、謎めいた男グレゴロヴィウスなどの※蛇のクラブの連中(※彼らの集まりは蛇のクラブと呼ばれている)の会話する内容が、ジャズであったり、哲学であったり、くだらない冗談であったり、宗教的であったりするわけなんですが、その内容が非常に難解で今まで聞いたこともない単語が連発されて尚且つ説明が皆無なのであっという間に意味不明状態に陥るのです。

 

そして随所に差し込まれる謎の文章(私には謎としか思えないのですがきっと意味があるのでしょう)がそれに拍車をかけます。

 

・・・・と、今までほとんど「わからない」「とにかく長い」ということしか書いてきませんでしたが不安に思った方安心してください。この本は<傑作>です。

 

確かに第一の読み方をしている際は、はっきり言って苦行以外の何物でもありませんでした。面白いとかつまらないとかいうレベルではないのです。ただひたすらに<意味がわからない>それゆえ読むのが辛いという感情しか芽生えませんでした。

 

しかし第二の読み方を始めると、今まで不理解だった箇所がうまく新しい章により補填されたり、再読による理解が進むことによって初読の時よりも格段に面白くなります。<理解できる>ということはただそれだけで大変に楽しいことです。実際の理解度がたとえ2割3割のものだったとしてもそこには読む楽しみが生まれます。

 

そうなると、今までただ不信感しか感じていなかったような作中の人物にも不思議と親しみをもって読み始めるようになります。

 

例えばオリベイラ。彼はこの物語の主人公ですがはっきり言って最低です。蛇のクラブの連中はどいつもこいつも自尊心が高く、能書きばかりたれるわりには協調性が皆無で社会性に著しくかけているような人が大半です。その中でも群をぬいて理屈っぽくて傲慢かつ冷酷なのがオリベイラです。彼はかなり繊細なところも鬼気迫るところもあってパリの街をブラブラ歩き回って何かを狂ったように探し回っています。そしてそれが何なのか何となく掴みかけてきているもののそこに至る道がわからない、そんな存在として描写されています。

 

彼にとってラ・マーガがその鍵になりそうな気がしていたのですが、彼女にはロカマドゥールという赤子がいました。そのことでオリベイラは彼女に冷たい態度を取るようになっていきます。彼は時折セリーヌドストエフスキーの名を言及することがありますが、おそらく彼自身が、自分を取り巻く世界への呪詛のような存在として、著者から運命づけられているキャラクターであろうと推測されます。彼は自分たちがするような形而上的な会話は世間ではスノッブとみられてしまうとグレゴロヴィウスと語るシーンがありますが、天界に復帰が叶わない堕天使の会話のようで若干彼らが哀れに感じることもありました。

 

オリベイラはパリでラ・マーガを失った後、ブエノスアイレスに戻り親友のトラベラーと再会しその妻(ラ・マーガとどこか似たところのある)タリタと出会います。

双子のような、まるで鏡のように似たところのあるオリベイラとトラベラー。そしてオリベイラはタリタを幾度となくラ・マーガに重ねてしまいます・・・・・・。

 

個人的な感想ですが、私はオリベイラがパリにいる<向こう側から>の第一部が特に面白かったです。オリベイラの内省、もしくは蛇のクラブの連中の深くて難解で、ある意味くだらない会話の数々は、社会という人間が編み出したシステムに対する恐ろしく陰険な愚痴であろうと思うのです。そしてそういった愚痴こそが、戦争が起ころうと、文化が滅ぼうと、焚書がなされようと生き残るような本当に偉大な力をもった名作になるのだろうと思いますし、そうあってほしいと思います。好きなところを一つ引用して終わりとします。ありがとうございました。

 

<蛇のクラブ>はサン=ジェルマン=デ=プレの夜にすでに結成されていた。みんなは何を話していても決まって彼女に説明してやらなければならないことにいささかうんざりしていたにもかかわらず、あるいは単に彼女がフォークを上手に使えないために、皿に山盛り出された揚げたジャガイモを遠く宙へとばしてしまい、それがほとんどいつも、別席の人の髪の上に落ちたりして、ラ・マーガとしたことが大変うっかりしましてなどと言いながら陳謝しなければならない始末だったので、誰も彼もラ・マーガのことをなにやら欠くべからざる自然な存在としてただちに受け入れたのだった。


石蹴り遊び (ラテンアメリカの文学 (8))

 

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