- Book Box - 本は宝箱。

SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著〜+カオス畸形児無秩序老婆+

冒頭。ブリヒダという老婆が死んだことについて、何の断りもなく大勢の人間が現れて、入れ替わり立ち代わり喋っている。

 

しばらくして、ベニータという名のシスターが、一人の男に自転車を運ぶよう指示をだす。ムディートと呼ばれているその男は聾唖者であり喋れない。

 

亡くなったブリヒダは晩年は修道院に入っており、彼女をめぐる今までの語りのすべては、修道女やもとの主人、そして老婆のものだった。

 

しかし突如そこに「俺」から始まる一人語りが混じり始める。

 

この「俺」を一人称として用いている語りは、唖のムディートのものなのである。ムディートはどうやら小男で、周りからは従順に働きはするが少し頭の弱い者として位置づけられている。他者と言葉によるコミュニケーションの取れないムディートだが、(言葉に出せないのだから、二重の意味で)独白されている語りの内容から見ると、実は知能は高いことがわかる。

 

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ブリヒダの死亡時、修道院には40名の老婆と5名の孤児、そして3名の修道尼がいて通夜に参列したと書かれている。

 

主な舞台はこの修道院。そして、ムディートの過去にかかわるリンコナーダである。このリンコナーダではムディートが聾唖者になる前の非常にスリリングな回想がメインとなっている。

 

ムディートがまだ健常者だった頃、偶然一人の上流階級の男と知り合う。そして、その男の政治秘書となったことから作家志望のウンベルトは畸形園の管理者となり、後にムディートとなる運命を担ってしまう。呪わしい魔女の逸話にからめとられたアスコイティア家の畸形の王子<ボーイ>と修道院の孤児イリスの腹が性交渉なしに身ごもったと噂される奇跡の子<ボーイ>。時空と空間を飛び越えて二つの誕生が渦になって絡まっていく・・・。

 

 

悪夢のような小説である。要するに不快な内容が多く書かれていると言ってもいい。例えばムディートだが、彼はある意味非常に饒舌だ。そして頭もいい。だが、現実的には非常に無力な存在だ。正直、狂っているのかもしれない。このことは他の登場人物にもあてはまる。誰一人信用できる語り手がいない。

 

 

辻褄があってくるのかと思いきや、あまりあっていないままストーリーは進む。そして、結局読後感として一番残るのは老婆たちの恐ろしさである。魔女だろうが、畸形の園だろうが、狂気に近い恋慕だろうが、結局一番恐ろしさを感じたのは人としての秩序が崩壊しはじめた(あるいは崩壊してしまった)老婆たちの集団であった。無秩序というものは本当に恐ろしい。私はこの本を読んでいる間よく悪夢(※)をみました。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・以下悪夢。暇つぶししたい方はお読みください。

 

 

(※)

 

モノクローム。外は嵐。薄暗い室内で男が一人楽器と思われる物を持っている。この男はどうやら私らしい。私は一階におりた。そしてそこにいたショートカットの見知らぬ女性が私に、(楽器を)弾いてなくていいの?と言う。

 

私はここで思い出す。そういえば私は二階で楽器を持っていた。そしてその場面のほんの少し前、私はその楽器でなにか曲を奏でていたような気がしてくる。女性はまた言った。弾いてなくていいの?

 

そして私は再び思い出す。私は薄暗かった二階のあの部屋で、今となっては思い出すことはできないが何某かの楽器を使って曲を奏でることで、何か非常に良くないこと(災いのようなもの)を封じ込めていたのだと。

 

私は言った。ここで弾くから大丈夫だよ、と。なんの保障もなく、確信もなくただ言った。反射的にただ言った。本当に大丈夫かな、とほんの少し思いながら。

 

(場面変わる)

 

私はどうやら船に乗っている。船倉というのだろうか?船の底の貯蔵庫のようなところだ。二人の筋肉質の男が、二人の顔のない男を地面に押さえつけている。二人の筋肉質の男と彼らに指示を出している中年の男は私の味方のようだ。指示を出していた男が、救い出された女性を指さす。

 

船倉の床に横たわっていたその女性は血だらけで顔は何度も殴られたように腫れあがっていた。服は裂かれ、微かに布地の残る其の体には明らかに凌辱された形跡が見て取れた。私は衝撃を受けた。そしてもしかしてと思う。私が楽器のことを忘れてしまったからではないかと。大丈夫だと軽く受け流して、2階に戻り曲を奏でなかったからではないのかと。

 

 

注:悪夢をみるほどに濃い内容の小説ですが、傑作ではあると思います。