- Book Box - 本は宝箱。

SF・幻想文学多めの読書感想サイトです。基本好きな本しか感想書かないので、書いてある本はすべてオススメです。うまくいかない時ほど読書量がふえるという闇の傾向があります。それでも基本読書はたのしい。つれづれと書いていきます。

感想『一文物語集』飯田茂実著〜同僚たちと花見の席で大騒ぎをしている最中にふと、自分が前世でこの樹のしたへ誰かを殺して埋めたことを想い出した。(本文より抜粋)

1行から4行ほどの文章で、一つの物語が始まり、完結する。文字数が少ないので、つかわれる一文字一文字の硬度は高くなり、ひとつの文節が持つイメージ量は必然それなりの大きさが必要となってくる。足りない情報は、読者が勝手にイメージすることで埋め、物語をなかば共犯的に作り上げていく楽しみを感じるようになる。

休日に家族を連れて入った映画館で偶然、若いころ同棲していた少女が女優として出演している映画を見て以来、毎日会社をさぼって映画館へ行き、ぼんやりとその映画ばかり観ている。

 

立派に物語になっている。時代は多分現代にほど近く、子供連れで映画に行く年代20代後半以降の男性か。以前同棲していたその女性に想いが残っているのかもしれない。でもこれらの情報は、直接的に記載されているものではない。読み手が勝手に想像して付け足している。読み手によって幾重にも変化する。

 

その素性の知れない美貌のモデルが息を引き取ると同時に、生前みずから予言していたとおり、彼女を描いたいくつもの肖像画は皆、それぞれの置かれている場所で、紫色の炎を吹いて燃え始めた。

 

その場面が頭に浮かんでくる。一幅の絵のようだ。良い物語が持つ、映像変換率が非常に高い。「どんな女だ、そいつはっ」て聞きたいのだが、それを満たしてくれるのは自分の想像力に頼るしかない。影響されて、自分自身の物語ができそうだ。

タイトルを含め、上記三つの引用文は主語が欠けているため、自分自身を主人公として物語を味わうこともできる。解決のある文章でもなく、すべて進行形であるところも良い。ここから先は私や、あなたにゆだねられている。全部で333の文で333の世界が描かれている。最後にあと二つ。

 

遠く離れた国の女なのだからと高をくくって、別れぎわに、いつでも気が向いたら会いにいらっしゃいと言ったところ、女は空間の歪みを利用して、時と所を選ばず普段着で姿を現す。

 

名高い巫女の住む岩山へ、多くの男たちがはるばる危険を顧みずにやってきては、消してしまいたい過去の記憶を口移しで吸い取ってもらっている。

 

 

いいな。俺も吸い取ってもらいたい。